会長メッセージ

人材育成と分析化学

 

 我が国の科学技術のプレゼンス低下が言われて久しい。現在我が国のGDP当たりの論文数は世界第47位(2018年),人口あたりの政府支出大学研究費は先進国の中で最低レベルのグループに属している。Nature誌が警告を発するまでもなく,大学にいると否が応でも研究活動そのものが難しくなってきているのを実感する。その原因の一つに少子高齢化と長引く不況のための税収不足により,高等教育・研究にお金が回ってこないことがある。大学の研究についてもその影響は大きく,今や競争的資金無しで研究をするのは難しい。また学生も例外でなく,下宿をして大学に通う私大生の仕送り額から家賃を引いた生活費が1990年以降減少の一途をたどり,2018年はピーク時の74千円/月から5万円以上減少した20千円/月と調査開始以来最低となったそうである。外国に出かけることの多い私も,日本が相対的にどんどん貧しくなっているのを実感する。

 今後我が国の国際的なプレゼンスを維持・向上させるために我々はどうすればよいのであろう。資源の殆ど無い我が国にとって,学術振興,新規産業創出は必須であるとともに,それらを成し遂げるための人材育成は不可欠である。しかしそれが怪しそうである。それ では,次世代を担う優れた人材を創出するために本会は何ができるのだろう。

日本の研究の特徴の一つにユニークな発想に基づく先端科学技術研究がある。知る範囲では超精細規則配列アルミナナノホールアレイ,金ナノ触媒,MOF,重力場の検出をも可能な超高精度原子時計などなど,あげればキリがないほどである。これらは超先端の独創的研究であることに間違いない。しかしこれらを自在に組み合わせ新たなモノ・価値を創出するスティーブ・ジョブスのような人はあまり見かけない。日本では上辺だけで中身のない人と言われかねないが,それでは人々に有用なもの新たな産業創出は難しいであろう。

 また産学連携研究が活発に行われている。これまでは大学の研究室と企業の研究,生産現場との連携による新たな製品の創出を目指して国を挙げて取り組んできた。人材育成という点から考えると,むしろ大学生,大学院生と企業の現場研究者との交流,連携が有用と思う。アカデミアを目指す学生はごく一握りで,ほとんどの学生は産業界に就職する。産業界のOBを講義に招くと,大学の先生の話よりもリアリティーがあるのか非常に熱心である。これも当然で学生にとっては自分の将来の姿を見ているのであろう。

 さらに化学会を中心に化学連合が組織されている。これまでは学会は文部科学省や経済産業省などのいわゆる“お上”の予め決めた方針に従って,種々の活動を広報・伝達するのがその活動の主なものだったように思える。上から下への一方通行である。本学会は化学の母とも言える分析化学の専門家集団である。専門家としての立場からの政策への提言,提案もできるはずである。化学連合などを利用してあるべき科学技術政策の提言も可能であろう。

 分析化学は未知の現象・ものを科学的に解き明かし,結果を順序立てて解釈し,総合することで価値を創生するものともいえ,自然科学全体を分析手法という見地から俯瞰できる立場にある。材料科学の高名な先生から分析化学への尊敬,素晴らしさを言われ,恐縮したが,特にいわれたのは総合・価値の付与の部分である。

 分析化学会は次世代人材の育成に大きな役割を演じることができる大きな土台があるはずである。このためには,上記のようなもの以外にも種々のものがあると思う。分析化学会の会員の方々のご協力をお願いいたします。

 

2019年4月23日

首都大学東京大学院 教授

(公社)日本分析化学会 会長

 内山一美