ナノ気泡のサイズを操り物質を分離する

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ナノ気泡のサイズを操り物質を分離する

高速液体クロマトグラフィーは,医療,食品,環境など私たちの快適な生活を支えるうえで欠くことのできない装置である。これを使えば,複数の物質が混ざった溶液のなかにどんな物質が入っているか調べ,目的の物質を分離することができる。例えば,抗がん剤を作るには,がんに効く物質を見つけてこなければならない。動植物のなかには,それを持っているものもあるが,複数の物質が混ざっているので,そこからがんに効く物質だけを分離する。このときに高速液体クロマトグラフィーが役に立つ。

高速液体クロマトグラフィーの要はシリカゲルなどの充填剤を詰めた管(カラム)である。このカラムに溶液を通すと,充填剤と構造的に相性のよい物質はゆっくりと,相性の悪い物質は早く出口に到達するので,出てくる時間の差で物質を分けることができる。この現象は古くから利用されていたが,溶液が重力によってゆっくりと落ちていくので,すべての溶液が出終わるまでに非常に時間がかかった。1960年に誕生した高速液体クロマトグラフィーでは,圧力をかけて溶媒を流すことで,それまでかかっていた時間を大幅に短縮することに成功した。

今回紹介する渋川雅美先生(埼玉大学)の研究は,高速液体クロマトグラフィーの充填剤表面にナノメートルサイズの気体(ナノ気泡)を付着させ,溶媒を流す圧力を操作することでナノ気泡のサイズを変え,物質をさらに早く流出させたり,流出する物質の順番を任意に変えたりするという画期的なものだ。

では説明するために,カラムについてまずみていこう。溶媒には水を使い,カラムの充填剤には表面を疎水的なオクタデシル基でコーティングした粒状のシリカゲル(オクタデシルシリカ)を使う。シリカゲルの表面には小さい窪み(孔)がある。実験を始める際にはカラムのなかをまず水で満たし,次に分析したい溶液をカラムに通していく。水で満たされたカラム内ではシリカゲルの孔にも水がきっちりと収まっている。このオクタデシルシリカの表面にある水分子4~5個程度の厚さの水の層(界面水)が溶液から物質を捕まえることがわかっている。このため界面水層につかまりにくい物質は早く,つかまりやすい物質は遅く検出されるのだ。

通常,溶液を速く流すために圧力をかける高速液体クロマトグラフィーであるが,あえて圧力を低く設定すると,おもしろいことに水が孔から抜け出し,残された空間を水蒸気が占めるようになって界面水の体積が減ることが渋川先生の研究で明らかになった。界面水が減ると,今まで界面水に捕まっていた物質も速く流れるようになったり,それまで界面水に覆われていたオクタデシルシリカの表面に気体(水蒸気)を通して直接物質が触れるようになったりするため,従来とは異なる順番で物質が検出されるようになるのだ。(図1)

図1 圧力をかけた際のシリカゲル表面の変化と圧力をかけることによる分離の操作
Bulk water:移動相(水),interfacial water:界面水,grafted alkyl chains:アルキル基でコーティングされたシリカゲル表面,retention time/min:検出時間(分)

テキスト ボックス: 渋川雅美先生

きっかけは学生の偶然の発見
研究は偶然の発見から始まった。ある日学生が実験を行ったところ,同じ実験にも関わらず,前日とは違う順番で物質が検出されたのだ。このときはたまたま水を流す圧力が前日よりも小さくなっており,圧力をもとに戻すと,検出される順番も元に戻った。これを聞いた渋川先生は過去の論文にも似たような現象が報告されていたことを思い出し,充填剤の孔のなかに気体が生成しているのではないかと考えた。

そして圧力と水および気体の体積の関係を調べたところ,圧力を高くしていくとカラム内の水の体積は増え,逆にカラム内の気体の体積は減ることがわかった。カラムのなかにはオクタデシルシリカと水だけでなく,気体も存在していることがわかり,気体が分離に果たす役割の研究が始まった。

最も苦労したことは?
この実験ではカラムのなかの溶媒を完全に水で置き換えなければいけない。ところが新品のカラムは有機溶媒で満たされていて,しかもこの有機溶媒は何時間水をカラムに通し続けても,完全に除去することができなかった。あらゆる方法を検討したが,満足のいく結果ではなかった。3年も過ぎたころ,「有機溶媒なのだから,乾燥機に入れて,熱で気化させてしまえばいい」という大胆な発想を得た。一般的にカラムというものは内部を常に溶媒で満たしておかなければならないもので,乾燥させてはカラムがおかしくなってしまうと言われている。ところが,熱を加えて乾燥させたカラムに水を通したところ,問題なく機能することがわかった。

今後の展望
圧力を調整するだけで検出までの時間を縮めたり,検出する順番を変えたりできるということは画期的なことだ。高速液体クロマトグラフィーでは主に「カラムの種類」と「使う溶媒」の2つのパラメーターを操作することで,物質を分離している。ここに新たに「圧力」というパラメーターが加わることで,高速液体クロマトグラフィーの活躍の場はさらに広がるだろう。

また,圧力を調整すればカラム内の溶媒としての水の部分,界面水部分,シリカゲル部分(オクタデシル基)の3つの層の体積比を変えることができる。これを利用すると,物質がどの部分と相性がよいかを調べることができるので,物質の構造も予測することも可能になる。これは未知の物質の構造解析にも大いに期待される技術である。

現在,炭酸水を使ってシリカゲルの孔に二酸化炭素を入れ,さらにそれを超臨界流体にまで変換するという研究も進行している。水と異なる結果となれば,目的の物質に合わせて気体を選択することも可能となり,分離の幅がさらに拡大するだろう。

◎ 埼玉大学大学院理工学研究科 渋川研究室(分析化学)

URL: http://www.apc.saitama-u.ac.jp/bunseki/index.html

取材・構成・文  池谷知夏

国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター 

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