アイスクロマトグラフィーで水・氷の本質に迫る

○はじめに

 「水」は私たちにとって身近な物質の一つであるが,意外にも明らかにされていない性質が多くある。水の低温状態である「氷」を機能性材料*1として用いることで新たな分析方法を生み出すと共に,水の本質に迫るという研究を行っておられるのは,東京工業大学の岡田哲男先生である。先生はこれまでに分離・計測科学そして氷をテーマに研究されているが,今回はその中でも氷にまつわるユニークな研究をご紹介したい。

 

○「氷ではかる。氷をはかる。」

 水はいろいろな特徴的な性質を現す謎の多い物質である。水の本質を明らかにするため,古くから水および氷の基本的な物性の研究は世界中で進められてきた。しかし,氷を機能性材料として扱うことで,水の本質解明に繋げるという研究を行っているのは,世界でもこの研究室だけだという。近年の研究のキーワードにされている「氷ではかる。氷をはかる。」には,氷を材料とすることでその本質を理解するという意味が込められており,先生の研究室は計測科学的アプローチによる氷の研究を多方面に発展している。

 

○氷に着目したきっかけとは?

 学生時代からイオン交換クロマトグラフィー*2を中心に分離場の研究を行っていた岡田先生がなぜ氷に着目したのか?その理由の一つに,海を漂う流氷下の豊かな生態系の存在がある。流氷下の生態系には「低温下で生活する生物がなぜ凍らずに生きられるのか?」という謎がある。これまでこの謎は「体内の様々な成分が氷点を下げているため凍らない」という凝固点効果で説明されることもあった。しかし近年,不凍タンパク質が過冷却状態の水と結合し,生物の体内における氷の成長を防いでいることが明らかとなった。この謎に興味を持った先生は「氷を使って氷と水の界面について研究を行えば,この謎を解明できる」という仮説の下,まずは氷と有機溶媒の界面を明らかにすることから研究を始められた。

 

○アイスクロマトグラフィー

 クロマトグラフィーとは混合物から物質をそれぞれ分離・分析する方法のことを指す。分離の仕組みはクロマトグラフィーの種類によって様々であるが,固定相と移動相に対する物質の相互作用が分離のカギを握っている。例えば,汎用的に使用されている高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は,筒状の容器(カラム)に充填されたシリカゲルやポリマーなどの固定相の上を,有機溶媒や水の移動相が流れ,2相との相互作用により化合物を分離することで分析を可能にする(図1)。

アイスクロマトグラフィーではカラムに詰める充填剤が,何と液体窒素で凍らせた細かな氷の粒でできている(図2)。このカラムに有機溶媒を流すことで,様々な化合物の分離が実現した。そして,氷は分離のカギとなる化合物中の極性基*3の数を強く認識するため,充填剤とした場合,シリカゲルなどに比べより細かく分離できる特徴を持つことが明らかとなった。さらに,氷に種々のものを溶かすだけで氷に機能を持たせられるため,様々な性質を持つカラムを簡単に作製することも可能だ(図3)。

「遊びではじめたつもりだった」というアイスクロマトグラフィーを用いた研究は,いまや研究室に所属している多くの学生が取り組んでいるそうである。市販のHPLC用カラムは数万~数十万円であるのに対し,アイスクロマトグラフィーカラムは数十円から数百円で作製できてしまう。一日で溶けて使えなくなってしまうこのカラムは,魅力的だが儚い。

 

 

図1.液体クロマトグラフィーのカラム概略図

 

 

 

図2.液体窒素に水をスプレーして調整した氷粒子(左)および顕微鏡写真(右)

 

 

図3.緑茶成分(葉緑素)のアイスクロマトグラム

○おわりに

世界でも類を見ないアイスクロマトグラフィーの研究は,既存のクロマトグラフィーと異なる新たな分離・分析方法を生み出している。また,「氷の界面で何が起きているか?」という謎を解決する手がかりとなっており,今回ご紹介した以外の「氷ではかる。氷をはかる。」研究と共に水の本質の解明につながるものと期待される。

 

 

氷の結晶模型と岡田哲男先生
(理学院長室にて)

 

◆岡田先生について

○これまでの経歴と研究

京都大学大学院修了。静岡大学教養部で助手~助教授を勤められていた頃はほぼお一人で研究されており,その後東京工業大学に赴任し,現在に至る。静岡大学時代に八ヵ月間アメリカのテキサスに留学されたご経験があり,その時に出会った海外の研究者の研究に対する姿勢から「大層なお金をかけなくても,色々なモノから自分でできる工夫をすれば世界を広げることができる」という意識を持つようになったそうである。

 

○研究者として新しい研究テーマを見つける工夫

「新しいことをするためには,動きながら戦略を練ることが大切」とのこと。特に研究者として駆け出しのころは、国際学会に出る,総説を読むなどひたすら情報収集を行ったそうである。

 

*1 機能性材料…化学的・物理的性質を機能として発現させ,利用する材料。

*2 イオン交換クロマトグラフィー…イオン結合を利用した分離・分析。

*3 極性基…化合物中の極性を持った原子団のこと。ヒドロキシル基(-OH),アミノ基(-NH2)など。

 

◎ 東京工業大学理学院 化学系 岡田・福原研究室

URL:http://www.chemistry.titech.ac.jp/~okada/

 

取材・構成・文  湯山可奈子

国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター